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 前川 直輝

Author: 前川 直輝
最終学歴 京都大学法学部
司法修習 54期
カリフォルニア州弁護士
Maekawa国際法律事務所・代表弁護士
https://maelaw.jp/

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『脳からストレスを消す食事』〜あらゆる物事の基本である脳と食事の関係
最近、週末どちらか1日は必ず勉強に当てるようになりました。
ただ、何かのテストの直前期などでない限り、家で自習するということは昔から苦手で、学生時代でも強制的に勉強するために図書室や喫茶店に出向くようにしていました。
今でもそれは同じで、少し離れたところにあり、パソコン使用可の図書館があるのでそこで勉強しています。

図書館に居ると、色々と気になる本も多くて、それはそれで気が散りますね。
私は定期的な運動をするかわりに、妻のアドバイスや協力もあって、昔に比べて食事というものの重要性を認識するようになりました。
今回の本は、脳みそがストレスだらけになる弁護士業としては、気になるものだったので、新書の体裁でもありましたので、さらっと読んでみました。

著者は医師ですが、その後栄養学に転じた経歴の持ち主です。
ダイエットや健康というのは、あらゆる産業分野でマジックワードのようなものになっています。
特に、最近では「脳」にスポットが当てられるケースが増えており、脳科学者、脳科学というものがしばしば取り上げられています。
この本のテーマは、タイトルそのままです。つまり、現代社会で皆がかかえるストレスは、脳みその機能に帰結するものであり、適切な食事管理をすれば脳機能は正常化してストレスにも抗しやすくなるというものです。どちらかというと、実践のレシピなどは少なめで、現在の食を取り巻く環境を分析し、何が間違っているのか、どうすればよいのかといった理論面を平易に説明してくれています。

ブレインフードなどと言われて脳によいという成分を含む商品がちやほやされていあすが、著者は安易な健康志向に警鐘を鳴らし、正しい知識に基づいた管理を提唱しています。
例えば、沖縄といえば長寿県というイメージがありますが、それは上の世代までで、いち早くアメリカ食文化の影響を受けた中年・若い世代は、子どものころからファーストフードを食し、それによって肥満率などが格段に高まって長寿第一位ではなくなったと説明しています。

特に、ファーストフードや、脂質や糖質過多の欧米の食事については批判を加えています。一般にも知られるようになりましたが、習慣性があり(確かにあの味はやみつきますよね)、脂質が増えて食物繊維が減ると血中のテストステロン濃度が増加しすぎて、攻撃的になり、ホルモンバランスを崩して精神的に不安定にしてしまうとのこと。
またこれらの食事は柔らかいのであまり噛まなくなっています。それが脳への刺激を乏しくするほか、消化の力を下げてしまい、高齢になるにつれて歯を失い、咀嚼機能が低下すると認知障害を引き起こすようになる、という説明もありました。子どもの生育に与える悪影響も甚大だそうです。私たちの世代は共働きが普通で、どうしても食事の1つずつに時間が避けなくなってきていますが、子どもに加工食品を与えることはできるだけ控えるようにすべきだと、著者は訴えています。

無学な私の力では一つ一つの論点を正確かつ平易に説明することは困難ですが、この新書は、限られたスペースだからこそ、一般のひとにもわかりやすく、ストレスと脳の関係、食事をとるに当っての注意点、サプリメントが流行っているがそのとりすぎは効果がないばかりか他の臓器などを痛めてしまうこと等、説明してくれています。
「これを食べれば血液サラサラ」「脳が若返る」などというものに飛びついて続く方もいらっしゃるかもしれませんし、本の提案は結論は日本の伝統的な食事スタイルを再評価すべきだとか、言い古されたことではあり、目新しくはないでしょう。しかし、私などはどうしてそれが大切なのか、どうしてそれをやってはいけないのか、理屈を理解しないとなかなか生活習慣として身につかず、続かないものですから、とても参考になりました。

私たち弁護士は、スタイルにもよりますが、現場に出歩いたり、長時間労働になりがちなので、まずは身体が健康でなければなりません。しかし、一番の敵はストレスで、ストレスに対して脳がどのように機能し、その機能を最大化するには何が必要なのかということを知ることは、安定的に仕事を続ける上でもとても重要な視点だと思います。

もちろん定期的な運動ができれば、それ自体価値があり、身体機能が向上するだけでなく、ストレス・精神面でも良い効果があると言われています。ただ、なかなかそれが難しいという場合もあると思います。もう一つの鍵は、誰もが毎日口から入れる食事です。著者も言っていますが、食事は「えさ」としてお腹を満たせば、好きなものを食べれば、それでいいというものではありません。その一食ずつが身体をつくり、脳を作る基礎となります。私自身、子どものころはそもそもファストフード店があまりなかったし食べさせてもらえませんでしたが、それは今でも子どもへの教育として必須だと信じています。大人になったら、全部をストイックにコントロールしていたら、面白みもないと思うので、たまにはファーストフードも悪くはないと思いますが、度が過ぎると中毒のようなものです。毎日必ず直面する食事の方に注意を向けるきっかけにしていただけるのではないかと思います。

私も若いつもりですが、40の声が徐々に聞こえてきました。まだまだ現役で色々な案件にトライし、成果を上げたいと思っていますので、あらためて食事に対する意識を向上させようと思います。



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『藁の楯』(わらのたて)~人間の尊厳とは。
アメリカに行ってひたすら勉強して受験することをした後の帰路は、疲労困憊し、往路より長く11時間以上かかることもあり、試験の総括をすることと、映画を見ることに決めていました。
日本語も、英語も、文字を読むという作業は極力したくなくなるものです。もうお腹いっぱいです。
2月のときは、ちょうどアカデミー賞の直後で、アルゴとかリンカーンとか、観たい映画は全部見られて満足しました。自分は洋画を見ることが多いのですが、今回は何とはいいませんが、単純そうなアクションものがほとんどで、今ひとつピンと来るものがなかったので、邦画も見てみるかとチャレンジしてみました。
それが、今回ご紹介する『藁の楯』です。

女児を誘拐し、乱暴した上で殴り殺すという救いようのない犯罪が発生。
犯人は同種前科のある清丸国秀とすぐに特定されたが、警察が拘束できないでいるうち、被害女児の祖父で、政財界の大物であった蜷川が10億円の懸賞金付きで清丸の殺害を依頼、その依頼内容が全国主要紙に全面広告で掲載された。
とある人物に匿われていた清丸は、匿ってくれていた人物に殺されそうになって福岡で自首する。警視庁は48時間以内に清丸を東京に護送するため、銘苅(めかり)・白岩という敏腕SPを含め5人の精鋭を派遣する。
金に目が眩んだ一般人はもちろん、警察官までもが彼らに襲いかかるなか、仲間の死や裏切りなどを乗り越えて、銘苅たちは果たして警視庁まで無事護送できるのか。

この話は、犯罪者に10億円の懸賞金をかけ、それを国民にしらしめることで、警察官を含むあらゆる日本国民が清丸の首を狙う仕組みにしたこと、誰から見ても生きてる資格がないように思える犯罪者の命と、誰もが欲しいと思う巨額の報償と、ただ上司に命じられて警護するというSPの職責とのせめぎあいという、アイデアが肝で、よくもまあそんなおぞましいストーリーを考えたものだと感嘆させられました。

主人公は大沢たかお演じる銘苅で、同僚のSPである松嶋菜々子演じる白岩、警視庁の警察官で岸谷五朗演じる奥村、永山絢斗演じる神箸、福岡県警の巡査部長で伊武雅刀が演じる関谷の5名と、藤原竜也演じる清丸の配役。
映画を全編見終えて、この配役が誠に絶妙で、それぞれのキャラクターが素晴らしく際立っていると感じます。松嶋さんは若干線が細く、演技が単調なようにも思われましたが、他の4人の熱演の中で邪魔をするほどではないと思います。
身のこなしや、表情一つの演技は、大沢たかおが抜群でした。何より、藤原竜也の演技は、ほんまにこいつ殺してやりたいと思うほど憎らしく、かつ人間らしさと、屑っぷり?を演じきっており、手放しで絶賛したいと思うほどでした。こういう役をやり切れる俳優さんは、日本にはなかなかいないですね。

ストーリーの詳細はネタバレになるので語りませんが、見終わったあとに爽快感があるような映画ではありません。ただ、重いけれども、色々な価値観を試され、考えさせられる良い映画だといえます。
特に、弁護士である私にとっては、ちょっと考えさせられるストーリーでした。主人公の銘苅は警察官でしたが、彼が誰からも狙われ、守る価値がないような、いわば人間の屑のような犯罪者を、他の誰からも守るという役回りになるとき、それは刑事裁判における弁護人の立場とオーバーラップせざるを得ませんでした。

過去も現在も、無実の人を救うために頑張るというのは、私自身刑事弁護人としてとても重要な職責ですし、それは一般の方にも理解していただけるとおもいます。しかし、多くの場合は、事実を争わないケースで、被害者がある事件の場合は、一部の例外を除けば、間違いなく被告人・被疑者の方が法律上も倫理的にも悪いわけです。
再犯を繰り返す性犯罪者や、判断できないお年寄りばかりを狙った巨額詐欺の犯人、普通に運転していたら考えられない交通事故で年端もいかない女の子を轢き殺した運転手など、数は多くないけれど、シンプルにいってどうして彼・彼女を弁護士なければならないのか、と思うこともしばしばです。
しかし、それでもなお、私が弁護士をやっているのは、彼らも人間であり、弁護されなければならない立場にあるという使命感だと思います。そして、その根底には、私の尊敬する先輩から言われた「情状酌量を求めるところのない人間なんていない」という人間に対する眼差しにあるのだと思います。
報道やうわさ話では分からない、その人の生き様が、いくら凶悪で救いようのない犯罪を犯していたとしても、必ず見つけることができるのだと思います。
被害者や遺族から罵声を浴びたこともありますが、それでもなお、私は弁護人の職責に徹したいし、徹するべきだと信じてここまで来ています。逆に、被害者側の代理人を務めることもあり、その場合には、きちんと誠実に職務に当たっている弁護人自身に対して、無闇矢鱈に非難めいたことを言うことは控えますし、依頼者にもそのように諭すことがあります。

銘苅は、人間の中の小さな、しかし確実に存在する良心を表しているように思われます。金銭を上回る価値のあることーそれが愛情なのか、信頼なのか、職業に対する誇りなのか、汚い手を使う人間に対する限りのない怒りなのかは分かりませんがーが必ずあるのだと思います。

清丸のような人間の屑を、弁護したいですかと言われたら、したくないと答えますし、屑の命より10億円が欲しいと素朴に思います。ただし、仮に私が国選弁護人に選任されたとしたら、多大な犠牲は払うでしょうが、仕事は投げ出さないし、徹頭徹尾職責を果たすでしょう。
どっかのクレジットカードの宣伝じゃないですが、世の中には金で買えない、Pricelessなものが実在し、そこに人生の喜びや価値が詰まっているとおもいます。

ちなみに、映画のストーリー展開で一部無理を感じたこともあって、原作小説も手にとって読んでみました。
私が感じた無理の部分は解消され、映画ではなかなか前面に出なかった銘苅の内心がその都度語られていて、興味深い流れではありました。しかし、好みもあるでしょうが、描写が淡々としすぎていて、筆致が十分でなく、迫りくるものがないように感じられました。

溶けてしまいそうな暑い夏の日に見るには、ちょっと重すぎるかもしれませんね。でも、しょうもないバラエティ番組を見て、ああ夏休みに無駄したなと思いかけているなら、一度映画を観ていただいてもよいかなと思います。損をしたとは思わないはずです。

 

興奮と反省と~「有罪捏造」海川直毅著
九州は早くも梅雨入りしたとのニュースがありました。
私は、5月半ばから6月の梅雨入りのシーズンまでの季節が、最も快適で好きです。
その前は花粉やら黄砂で目鼻がぐずってしまうし、梅雨以降は湿度が高く気温も高くなり、苦手だからです。
意味もなく手前の駅で降りて、周りの景色を楽しみながら、気持よく歩くのが、せわしない仕事の合間の楽しみでもあります。

さて、私達が足掛け7年以上関わった「大阪地裁所長襲撃事件」。
このブログをご覧の方は、決定の経過から色々と投稿していたのでご存知の方も多いとおもいます。
この度、ともに弁護団で活動した海川直毅弁護士が、本事件を題材に本を書かれました。著者から献本され、約束?をしたので、僭越ながら書評めいた感想を記すことにします。

平成16年2月16日午後8時35分ころ、大阪市住吉区の路上で、当時の大阪地方裁判所所長であった裁判官が、少年風の4人に襲われ、暴行を受けて倒れ腰骨を折る重傷を負い、現金を強奪されたという事案です。
調べてみたらWikipediaにも記事が立ち上がっていますし、「大阪地裁所長襲撃事件」で検索すれば、当ブログ内でも、またネット上でも、多数の記事が見当たるとおもいます。
裁判官が被害者で、かつ身体拘束された少年・成人の全員が無罪となり、しかも裁判所によって有罪・無罪の判断が度々分かれたという、非常に特異な冤罪事件でした。私のキャリアの大半はこの事件とともにあり、振り回され、鍛えられました。

今日時間を見つけて、書籍を読み通しました。
300頁近くの大作ですが、一気に読み通せました。
確かに事件の中身を熟知した元付添人だからという点はあるでしょうが、それ以上に筆致が簡明で、かつそのときどきの現場の臨場感がありありと感じられる躍動感のある筆致だというのが大きな理由でしょう。
著者の文章はこれまで幾度と無く読んできましたが、無駄がなく、端的で短く、それでいてときに語気強く読み手の感情に迫るような文章を書く人だという印象を持っていました。
私が希望する理想の一つであり、個人的にはお気に入りの書き方ですが、その筆が本書でも余すことなくふるわれていました。

内容はとても重たいものですが、それを感じさせないものがあります。
関西人ならではのユーモアであり、著者の茶目っ気が文章に現れているせいでしょう。そして、類まれなる、冷静で緻密な観察力のためだと思います。
例えば、著者が直接依頼を受けた被告人は、特徴のある人なのですが、初対面の印象をこんな描写をしています。

「身長は184センチ、体重は90キロの巨軀であり、髪は短髪で毛色が金色に染まっている。厚ぼったい一重瞼に団子鼻、厚い唇をし、一見強面ではあるが、年齢の割りに幼い話し方をし、笑うとかわいらしい顔になる。ちょうど昔神戸製鋼や日本代表などでラガーマンとして活躍した大八木淳史に似た雰囲気である。」


実物を知っている人なら、いちいち頷けるところがあると思います。
真剣なシチュエーションであるのに、ちょっとニヤッとしてしまう描写がところどころに散りばめられているあたり、なかなか憎い演出だなと思います。

私の名前も所々に出てきます。法律系の雑誌以外でこれだけ名前が出てくるのも初めてかもしれません。
やはり、何度読んでも、私が少年と初回に接見したときの描写は、本当にそのままなんですが、今でもゾクッとします。三年目の弁護士がひとしきり自白を聞いたあと、

「もう・・・遅いかも知れませんけど・・・。僕は事件のことは何も知りません。何でこんなことになったのか、本当にわかりません」

と泣きながら伝えられることは、めったにあるものではありません。
そして、当初は弁護士どうし疑心暗鬼で、自分の依頼者は無罪だが他は分からないという筋立てであったこと、その後事件が動く中で、次第に全員が無実なのだという認識を共通にし、最後は一致団結するに至ったことなど、リアルに描かれています。弁護士としては当然の倫理観であり、慎重さでありますが、このあたりは学生や司法修習生などがお読みになると参考になるのではないでしょうか。

一読して見て、感じたことは3つです。
一つ目は、当初から最後に至るまで、成人の弁護人の一人である戸谷弁護士の熱意、柔軟な思考、深い洞察力と豊富な経験が、すべてのストーリーにつながっているということです。もちろん、過程では各依頼者や弁護士がそれぞれ頑張ったのですが、例えば戸谷弁護士が少年の母親に弁護士を無料で頼める制度があるということを案内しなければ、私は出動していません。そして起訴前の活動でも、また訴訟が係属してからでも、経験が豊富ながら、既存の枠に縛られない極めてフレキシブルな対応をされたことに、今更ながら驚嘆させられます。やはり、一流の刑事弁護人であり、その方と弁護団を構成できたことは何者にも代え難い経験だと思います。

二つ目は、刑事弁護・少年事件は、人の弱さを愛する活動だということです。依頼者はもちろん、場合によっては検察官や警察官、裁判官に対しても、彼らの不完全さを深く理解した上で、いったんこれを受容するところから、真の弁護活動が生まれるのではないか、と思うのです。もちろん、冤罪事件は権力と対峙する場面ですから激しい攻防が繰り広げられるわけですが、様々な準備をし、事実を検討する中で、人間というものがどういう行動をとるものか、どういう利害を有し、どのような動機で動く生き物であるのかについては、深く理解してこそ、適切な対応が取れるのではないか、そう思わせられました。

三つ目は、取調べ過程の全面可視化が、現在の刑事司法において必要不可欠だということです。
著者も捜査段階での接見で直接見聞きした捜査機関の異様な取調べに、以下のような独白をされており、これに尽きるとおもいます。

「彼らは平気で嘘をつく。偽証罪の制裁や刑事訴訟法の原則よりも、無理やりにでも自白獲得することが至上命題とされているらしい。これはひとえに、取調べが密室で行われており、中でのやり取りの全てが記録化されていないことが問題の根源である。」

「私は、取調べの全過程の記録化は、刑事裁判の結果がどんな立場からの批判にも耐えうる正当性を持つための不可欠の条件であると、今さらながら痛感していた。」



法曹関係者は、これまで各所で見聞きされた情報に隠れた、現場の生々しい息遣いが感じられ、仕事をする上での糧になるとおもいます。
将来法曹を志そうという方には、是非一度虚心坦懐に追体験をしてもらい、刑事司法の生臭さと、法曹三者それぞれの持つべき気概と、現場での良くも悪くも人間味溢れる言動を感じて、進路選択の参考にしていただきたいです。
一般の方には、「本当にやっていない人が、自白なんてするはずがない」「警察や検察が悪いことなんてしないだろう」「逮捕されたんだから悪いに決まっている」という考え方を捨てていただくきっかけになると思います。
何より、読み物としてテンポが良く、面白い。お薦めします。

成人公判の最終弁論で、百戦錬磨の戸谷弁護士が、涙しながら最終の一文を読み上げられた下りには、今読んでも涙が滲みます。たくさんある事件の一つとして風化させてはいけないし、学んだこと、反省点と次に生かすのが我々の役割だと強く感じました。

場所と時間に縛られない生活~『ノマドライフ 好きな場所に住んで自由に働くために、やっておくべきこと』
4月に入り、新入社員、新入学生が多く、電車の中も何だか新しい風が吹いている感じがしますね。
弁護士として新年度というものにさほど意味はありませんが、季節感に触れられる余裕は持っていたいものです。

さて、このブログでもご紹介しているように、私は事務所にいてゆっくり仕事するというよりは、外を出歩いて方々の裁判所、現場、顧客先を巡ることが多いです。なかなか事務所にいなくて、連絡がつきにくいといって迷惑をおかけすることもしばしばですが、個人的にはあちこちを訪問するのは楽しいです。
弁護士独立開業の投稿でも触れましたが、今時はパソコンと携帯電話があれば、たとえばSkypeで離れた顧客と打ち合わせすることも可能ですし、遠方の裁判所でも民事訴訟法上電話会議が認められていて、実際に活用されています。
外国人の友人もおり、世界を駆け回っている人を見ると、日本、大阪という場所にこだわる必要がないなと感じます。

近年「ノマド」ワーカーというのが流行っていますね。一所でオフィスにいて仕事をするというのではなく、たとえば喫茶店をハシゴするとか、また住む場所も変えながら仕事をする、遊牧民のような生活・仕事のスタイルを指すようです。
私は大学での1年と司法修習のうち半年を除けば、ずっと関西なので、少しあこがれがあります。そもそも自分の仕事のスタイルは、フリーランスで、時間も、場所も、ある意味で「ノマド」と言えなくもないかなと思います。
ノマドに関心を持っていたら、以下の書籍に目がとまり、読んでみました。

著者の本田さんは、ハワイと日本を行き来する実業家で、ノマドライフを地でいく方です。
ビジネス書も多数出しておられて、私も何冊か読んだことがあります。
この本は、普通の人がノマドライフを実現するのに、具体的にどういうステップを踏んで準備していったらいいのか、自身の体験も踏まえながら書き綴ったものです。

こういうと失礼かもしれないですが、思ったより具体的な中身でした。
実際にノマドといっても、すぐにできるわけでない、数年単位でステップを設けて、徐々に準備する必要を説きます。ノマドといっても拠点のような場所は必要ですから、それをどうやって見つけていくか、短期滞在などの活用を提案されます。

また金銭的にも定期収入が得られる仕事はおろそかにしてはならず、かつ、時間や場所に縛られないためには、複数のインカムを確保する必要があること、一朝一夕にはいかないから早い段階から準備をはじめ、自分にあった副業・収入源を見つけることを提案しています。

著者もまとめておられましたが、結局ノマドというのは、「心のあり方」、人生観を指すものだと思います。
弁護士もそうですが、フリーランスで特定の会社に勤めていない人が、昼間カフェをハシゴしながらあたかも気楽に仕事をしている姿を、普通のサラリーマンが見て羨ましいと思う気持ちもわかります。
しかし、その「自由」は、「安定」の逆を行くものでもあり、会社に紐付けされていないことで、物心ともに不安であるということは、おそらくサラリーをもらう人にはなかなか想像できないものだと思います。
その不安定感を抱えつつ、それでも自分のやりたいことを見つけて時間と精神・体力を注ぐことができれば、不安と向き合いながら、充実した人生が送れるのではないか、そう思います。

ノマドは誰にとっても正解だ、というスタイルではないと思います。
ただ、特に昨年の震災を経て、色々な意味で、人生の意味を考えることになった人は多いと思います。
地域、国、言語、仕事、家庭など、それぞれのファクターが自分にとって本当に満足いくものか、やりたいことなのかを良く考えるということは、日本人はなかなか慣れない思考ではないでしょうか。
その意味で、ノマドを実現したいと希望している人はもちろん、興味があるけれどとても無理だ、と思っている人にこそ、本書をお薦めしたいと思います。
法律家の要点~「法律文書作成の基本」
先日法律家にとっては文書を作成するのが仕事の基本だ、と投稿しました。
今回は、私から見た良書をご紹介します。
本当は自分の勉強の本などを読まないといけないのですが、受験準備のときはとかく横道にそれてしまう傾向にあります。せめて、人の役に立つよう、ブログに投稿しておくことにします(という言い訳ですが。。。)



著者は長年裁判官をされ現在は弁護士である方です。
ハーバードへの留学経験があるほか、司法研修所の教官や最高裁判所調査官を務め、新司法試験の考査委員までされています。
既に有名な書籍でもあるので言うまでもないですが、あらためて手にしてみると、本当に良書だと感じます。

まずもって、とても勇気がいる本です。
弁護士の方が、「法律文書作成の基本」というテーマの本を、自分で書いて世に出すのですから、相当の能力と決意がないと書けたものではありません。
しかし内容を読めば、それがどれだけ素晴らしい教養と論理、思考に支えられているかがわかります。

裁判内外のあらゆる文書を射程にいれ、豊富な実例を挙げながら、場合によっては問題演習ができるように工夫されています。判決起案から契約書の作成、相談メモの作成に至るまで、それぞれにおいて注意すべき点がかなり網羅的に記載されています。
海外のロースクールでも、そして今では日本の法科大学院でも、Legal Writingをテーマとした科目があるようですが、それほどまでに文章を書くということは、法律家としての基本です。
おそらく、そのような授業を受けるのと同じメリットが、この書籍から得られると確信します。

とても大切なことは、単なる文例の集積や、小手先のテクニック論にとどまっていないことです。
まず生の事実を聞き取ってから、どのような思考回路を経て、どのような書類を作成すべきか、という考え方に焦点が当てられています。
そして、そもそも法律文書とは何か、それが誰のなんのために作成されるものなのか、という根本を押さえられており、この視点に立って細部のアドバイスが散りばめられています。
とかくマニュアルが大好きな最近の若手にとっては警鐘となりうるでしょうし、これらの基礎を確実なものにすれば、経験年数が浅くても、素晴らしい法律文書が作成できるようになると思います。

冒頭に触れられている一節は、実務家にとっても一度は目を通しておくべき箇所ではないかと思います。

法律実務家は、言葉を命とする職業です。

法律文書の読者の属性
・当該文書を読む明確な目的がある。
・多忙である。
・論理の明晰さを尊び好む者である。
・文書の形式、文法、引用の形式、誤字脱字等の細部にもうるさい者である。


当たり前の原則ですが、応用がきき、長年にわたって良質のサービスを提供し続けられるかどうかは、この基礎的な認識の有無、自覚に影響を受けると思います。
そして、特に読者について思いを致すということは、他人に対する理解、思い遣りに満ち溢れていなければならないということでもあります。

私も自分なりに意識はしているつもりですが、反省すべき点も多々あります。
あらためて本書を読みながら、参考にできるところは血肉として、次に書く文書をより素晴らしいものにしていきたいと思います。

法学部生、法科大学院生、司法修習生のみならず、弁護士・裁判官・検察官等の実務家、企業の法務部の皆さん、ひいては論理的な文章作成に関わる方に、強くお薦めします。

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