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プロフィール |
Author: 前川 直輝
最終学歴 京都大学法学部 司法修習 54期 カリフォルニア州弁護士 Maekawa国際法律事務所・代表弁護士 https://maelaw.jp/
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イメージを持つということ |
趣味でフルートを初めて、4年あまりが経ちます。 そもそもは、仕事でばたばたする中、夫婦で共通の趣味を持とうとしたのがきっかけです。 いろいろ試行錯誤した結果、妻が小さいときからやっていたフルートを初めてみることになったのでした。
音楽は好きですが、カラオケを楽しんだり、ポップスを聴くことが多く、 楽器といってもギター、それもコードが何とかひけるだけというレベル。 ♭と♯の意味が何か、長調だ短調だといわれてもさっぱりという状態から始めました。
最初は、息を吹き込む穴に口を当ててふいたら、音がなって、俺って才能あるなぁと思ったり、 楽譜が読めなかったり、運指(どのあなを押さえたらどの音が出るか)が分からず泣きそうになったり。 良い先生に指導され、家でも妻に教えを請い、徐々にレベルが上がってきたというところです。 アンサンブルで大勢で吹くのは全く緊張しなかったし今でもそうなのですが、 昨年のソロの発表会では初めて震えました。 自分の中の要求水準が上がってきて、期待するようになったのだと思います。
さて、今日もレッスンがありました。 30分の練習ですが、仕事やら何やらで準備をサボってしまいがちで、あまり良い生徒ではありません。 今日は特に練習不足だったので、ほとんど初めて楽譜を見て吹くような状態でした。
でも、せっかくだからテキストを先に進みたいという欲もある。 それで、2曲目があんまり分からないので、先生に模範で演奏してもらってから吹くと、いやはや、自分で練習してきた曲よりもスムーズに吹けるじゃないですか。 1曲目についてしてきた自分の準備は何だったんだ、と嫌になりましたが、同時に、ある程度イメージが持てたのがすごくプラスだったのだなと思います。
プロの音楽家であれば、楽譜を見たら音が頭に流れて、ある程度の曲調や流れが分かるのでしょうが、 何せ音楽的な知識がゼロのわたくしは、楽譜を見ただけではわからない。 音符の長さも、曲の速さも、強弱の感じも、実際やってみないとわからない。 そういう場合でも、イメージ、あるいは、こういう風に吹けたらきれいだなという目標が持てれば、自然と音がつながったりします。今回、先生に吹いてもらって、もちろんその通りに吹ければ弁護士なんてしてないわけですが、それなりに吹けたのは、具体的な目標が腑に落ちたからだと思います。
フルートでは、よく、頭の中で歌いなさいと言われます。 自分の頭で音をイメージできれば、実際に吹いた音がこれに近づくというのです。 最近になって、何の準備もなく、意識もしないで楽譜を見ながら平板に吹いたときと、 自分なりにイメージをもって集中した場合とでは、雲泥の差があるなぁということを実感します。 スポーツでもそうですね。自分で納得のいくフォーム、練習方法というものが確立すれば、自然とパフォーマンスが上がります。目標があれば、調子が悪くても調整できます。一流選手がしきりに自己イメージの向上に努め、好調時のDVDを見たりするのもその意味でしょう。
これは何もフルートだけに言えるのではなくて、人生で突き当たる物事にも当てはまるでしょう。 学校の受験でも、「どうせ自分は頭悪いから、●●くらいに受かればいいや」とか、「たぶんだめだろうけれど」といって設定を低くしてしまっていれば、決してそれ以上に到達することはできません。 下世話な話、●●さんがかわいいけど、高嶺の花だから、無駄だなぁと思っていたら、絶対におつきあいしたりすることもできません。 自分の奥さんの話はさておくとして、、、たとえば出身大学は日本で偏差値が高いとされていますけれど、だからといって自分に特別の才能があったわけではありません。努力はしましたが、朝から晩まで意味もなく暗記に明け暮れたわけでもありません。自分なりに、なぜそこに入学したいのか、入学して何をしたいのか、なぜそこでなければいけないのかという動機の吟味を繰り返し行ったこと、その上で、合格するためには何が要求されていて、何をしなければならないか、何をしてはいけないのかと、ぎりぎりまで分析した結果だと思います。
目的意識の持ちようというのは、才能でもなんでもなく、その人がどれだけ自分の人生に真剣に向き合っているかということではないかと思います。 もちろん、思い描きさえすれば、その通りになるというわけではありません。 努力が必要だし、場合によっては時間やお金といった制約もでてくるでしょう。 しかし、目標を達成するのに大なり小なり困難があるというときに、達成への意欲の強さ、動機の確からしさは、これを克服する原動力になります。 そういう意味で、自分の中で掘り下げた、自分なりの目的意識というのが大事なのだと思います。 これは別に頭が良いとかいうことは必要ないです。その人の希望であり、欲求がどこに向かっているのかということで、誰しもが思い描くことだと思います。 違う言葉で言えば夢ということなのでしょうが、それをあきらめず、意識し続けていれば、そのまま達成できないにしても、それに近い、派生した貴重な経験をすることは十分可能だと思います。 最近、90歳を過ぎて大学を卒業したというおばあさんのニュースが流れていました。あきらめず、具体的な目標をがんばり続ける、そのことでよりよい結果につながるのだという例として、素晴らしいと思います。
また、イメージを持つためには、そのイメージに近い人を見つける必要もあるでしょう。 フルートを習っている先生は、本当に音もきれいで、いろいろ悩みながら考えながらここまで来られたのだと思える奥深さがあって、年齢は下ですが、見習いたいなぁと思う人です。 自分にとっては、イメージを持たせてもらえやすいです。 弁護士として仕事を始めたときも、勤務先の上司や同僚に本当に恵まれました。 今の仕事でも依頼者に学ぶこともしばしばです。 もちろん同じ人間にはなれないですから、機械的に模倣をしたって始まりませんが、二流・三流の駆け出しのうちは、真似事を繰り返すことが、近道だと思います。
人間は誰しも、良くなりたい、良くありたいと思う生き物だと、私は信じています。 その心が折れない限り、将来生きていく意味はあるし、きっと良いことがあるはずです。 そして、良くなりたいと思うということは、現状に満足せず、自分の欠点に率直に目を向けられることが必要です。 困難を克服し、楽しい生活を送るには、何よりも自分自身を知ること、その謙虚さを持つことが、大事だと思います。
自分も、自身のステータスなどに拘わらず、一人の人間として、何歳になっても、一つでも良くなっていきたいなと思います。 フルートも、大人になってから始めたにしては上手く言っているような気がしますが、今日の先生の演奏を聴けば、それだけで明らかなレベルの差をこれでもかと突きつけられました。 過信せず、かといって、趣味だからといって妥協せず、きちんと練習を積み重ねないと満足できないと、自戒を込めて思った次第です。
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