FC2 Blog Ranking 前川弁護士blog 2010年10月
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 前川 直輝

Author: 前川 直輝
最終学歴 京都大学法学部
司法修習 54期
カリフォルニア州弁護士
Maekawa国際法律事務所・代表弁護士
https://maelaw.jp/

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障がい者?健常者?
台風が近づいていますが、昼間は日が差し込んだりして、少し汗ばむくらいの陽気でした。

さて、先日フルートの活動でご依頼があり、とある集まりに参加してきました。
社会福祉協議会主宰のイベントで、身体障がい者、精神障がい者で、作業場に通所されたりしている方が、秋の季節のイベントをするのだが、音楽の演奏をお願いしたい、という依頼でした。

これまでは、たとえば医者や教授の集まりとか、老人福祉施設とか、ある程度年齢など客層が一定している人たちからのご依頼で演奏をしてきて、ある程度経験もできて、慣れてきた感覚はありました。
しかし、今回は障がいの内容・部位が・程度がまったく違うし、何より年齢層が様々なので、どこまで理解可能か、どういう興味なのか想像するのが難しかったのです。
仕事の合間に練習をしたり、準備をしたものの、いったいどういうプログラムがよいのか、直前まで不安もありました。

蓋を開けてみれば、知っている曲では手を叩いて下さったり、歌を歌える曲では大きな声でそろって歌って下さったり、心配は杞憂に終わりました。
それに、プログラムが終わったら、アンコール、アンコールの大合唱。
ちょっと感激しました。

私個人の経験として、小学校のころ特別学級というのがあって、知的障がいのある同級生がそこに所属しながら、同じ公立学校に通うという期間がありました。
名前も顔も、今でも覚えています。
もちろん、最初は、言葉がきちんと喋れないとか、行動が「普通」と違ったので面食らいましたが、ふれあっていると別に普通の友人であって、個性が違うだけだという認識になりました。休み時間や自由時間になると、その友人のところに行って、一緒に積み木で遊んだりしたものです。

現在も、弁護士として、高齢者・障がい者向けの法律サービスを行う通称「ひまわり」という委員会に属しており、細々とでも、電話相談・来館相談をしています。
残念ながら、電話では要領を得ないことが少なくないですが、それでも中にはきちんと話ができたり、入所施設に出張すると実は深刻な問題をかかえていることが分かったりする例があり、決して件数は多くないですが、私も少し受任し処理をしたことがあります。
そういう中で、自分の中の確信として考えていることは、障がいを持つ人は、一人一人貴重な人間であり、一人一人に気持ちがあり、考え方があり、尊厳があるのだということです。
そして、障がいというものと、それ以外というくくりで単純化し、遠ざけてはならない、それは身長が違う、性別が違う、能力も違えば家庭環境も違う、そういう人々の個性のうちの一つでしかないのだという認識を持つことが大事だと思うようになりました。

もちろん、一定の社会制度を前提として我々は生活していますから、障がいのある皆さんに対する行政サービスが特別に為されることは枠組みとして必要です。
きれい事をいうのはタダですが、実際に障がいのある人を子供に持つ親御さんが、後に残る子供のことを考えて心配でならないと目の前で泣かれたことは一度ではないし、きれいな言葉だけで問題を解決できるわけではありません。
しかし、だからといって、遠い存在であってはならないと思います。
たとえば、しばしば少し変わった動きをしたり、小声で何かいいながら動いている人を電車やホームなどで見かけます。しかし、それは、同じ車内で携帯をいじったり、新聞を読んだり、している中の一つの光景だということです。そしてうるさければ、同じように(といっても接し方にはある程度工夫が要る場合もあるでしょう)注意すればいいし、状況に応じてコミュニケーションをとることを控えるべきではないのだと思います。
こうやって文字にすると、弁護士で偉そうにとか、かっこつけやがって、と思われるような気がしますし、そのような評価を受けることも、仕方がないことだと思います。その人の価値観、内心の問題は突き詰めれば分かりませんからね。
ただ、正直に言って、これらはすべて私の偽らざる感想であり、価値観です。

今回演奏に行って、元々はこちらがイベントで招かれて、アトラクションを提供する立場にありました。
ところが、終わって帰ってくるころには、すがすがしい気持ちになりました。
なぜなのだろうと振り返ってみると、演奏などに対する反応が実に純粋でピュアなものだったということ、演奏後も声をかけて下さって、「知っている曲を選んでくれてありがとう」とか「一緒に歌えて嬉しかったよ」と腰を90度にかがめておじきをされたりしたことなど、聴衆の皆さんの対応の一つ一つが偽りのないものであったことが理由の一つだと思えます。それは「健常者」を相手とする演奏活動とはまた違った気づきがあるように思いますし、日頃の自分がいかにつまらない見栄などで身を固めているのかと自省するきっかけになります。
加えて、演奏が終わって移動したり次の活動に移られている際には、大きな声を上げたり、走り回ったりすることが多かったわけで、演奏をじっと座って聴くということ自体、大変難しいことであること、そういうコンディションに調整下さったスタッフの人の努力、聴衆の皆さんの意識といったものに触れて、感謝の念を覚えました。

どんな場でも、せっかく招いて下さり、時間を共有し、こちらの下手な演奏を聴いてやろうといって下さるのですから、一所懸命に準備していかなければならないと思いました。相手が誰であろうと、常に敬意を忘れず、本当に真摯な態度で接していかなければならないし、そうすることができれば、きっと何かおみやげをもって帰ってこれるのではないかなと思います。
そして、弁護士として、また人間として、「差」を分かつのではなく、人間の尊厳、個性といったものを常に意識していかなければならないと強く思いました。

そういえば、後片付けをしているとき、ある方に声をかけられました。
「あなたは官房長官の○○さんに似とるわ、しゃべっとるのがそっくりや」だそうです。
たぶん同業出身で、今叩かれているあの官房長官なのでしょうが、喜んでいいんでしょうか。
そこも「偽り」はないのでしょうが、いくら何でも倍近い年の人と似ていると言われると、まだまだ若い気でいたい自分としては、残念な感じもします。
家でも新婚当初からおっさんと言われていますので、仕方ないし、ま、説得力があったということで。。。
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