FC2 Blog Ranking 前川弁護士blog 2011年05月
FC2ブログ
前川弁護士blog
弁護士の日常を書いております
フリーエリア

Facebookのアカウントです。ファンページもあります。

プロフィール

 前川 直輝

Author: 前川 直輝
最終学歴 京都大学法学部
司法修習 54期
カリフォルニア州弁護士
Maekawa国際法律事務所・代表弁護士
https://maelaw.jp/

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

「身柄」って?~言葉の大切さ
週末に雨が続いて、洗濯物が溜まっていました。
それがストレスだなんて言える自分は、幸せなのかもしれませんね。

さて、テレビや新聞などで、誰かが捕まった、という報道は毎日見かけます。
よく、「〇〇容疑者は、身柄を○○検察庁に移され・・・」という言い方がされます。
弁護士なら、?となるところです。
「容疑者」は一般用語で、法律には出てきません。「被疑者」が正解で、マスコミも本来これを使うべきでしょう。実際には発音のしやすさなどがネックかもしれませんが。
同様のことでは、起訴されて刑事裁判になった人を「被告」と言いますが、これも間違い。
これは大間違いで、「被告人」が正解。だけれども、テレビなどではずっと被告。最近は弁護士バッジをつけたコメンテーターまでもが「被告」と呼んでいて、げんなりすることがあります。
何がまずいかって、深刻な誤解を現実に産んでいるからです。
民事事件で訴えられた側は「被告」と言います。たいてい、相談や依頼を受けると、初っ端に「先生、私何も悪いことしてないのに、被告だなんて」と刑事裁判の被告人と勘違いされている方が多いです。

「身柄」も同様です。逮捕・勾留中の被疑者・被告人の身体のことを言います。
しかし、法律には出てこないし、普通に身体といえばよい。
警察官、検察官は普通に使うし、少なくない弁護士も使います。

言葉の問題を言うと、何を偉そうに、しったかぶりしやがって、と言われるかもしれませんね。
でも、私はそういうことではない、もっと大事な問題だと思います。
「身柄」と警察官が言うとき、ほとんどの場合、被疑者のことを人間だとは扱っていません。
捜査の客体、対象、自白させる「モノ」と扱っているのではないでしょうか。
弁護士でもそうです。どこかで民事事件の依頼者と違う感覚がないでしょうか。刑事事件だろうが、それが国選事件であろうが、自分にとっては大事な依頼者ですが、同じように扱えているでしょうか。
マスコミは、どこぞで悪さした人間と決めてかかって、推定無罪の大原則はそっちのけ、その人の立場に配慮しようなんて考えていないのではないでしょうか。
そしてそれを視聴している人は、自分たちと同じ人間だと思って見てないのではないでしょうか。
言葉は形式の問題かもしれないが、その実、その言葉が表す人、活動に影響を与えているように思います。

「身柄」の話は、私が大阪弁護士会に登録し、ある大先輩の接見妨害事件の弁護団に加入したときに、真っ先に教えられました。鶏がらじゃあるまいし、きちんと被疑者・被告人は人間として扱われる権利があるんだ、実際に悪さをしたかどうかは裁判所で裁判官が決めることなんだし、不遜な態度ではいけないよ、ということでした。
10年経って、私も修習生や新人弁護士に物を教える立場になっていますが、同じセリフで同じことを伝えようと努力しています。

少し専門的な話をすれば、例えば保釈請求は、例外が法律で定められており、原則として請求できるというのが刑事訴訟法の条文です。それなのに、現状といえば、保釈されるのが特別なこと、「保釈してもらう」ものになってしまっています。
修習生のゼミで、保釈の要件は?などと尋ねると、決まって「逃亡のおそれ」「罪証隠滅のおそれ」と回答されます。ところが「おそれ」とは法律にはどこにも書いていない。「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」と書いてあって、保釈を却下するには具体的な証拠に基づいて具体的な事実の証明が必要なのです。
これを、「おそれ」と言ってしまうと、抽象的な危険を含めることができてしまい、広く例外事由を肯定してしまい、保釈が認められる範囲が狭まってしまう。
実務は残念ながら今なおそういう傾向にあり、人質司法は解消されていません。しかし、それを変えようとするのが、弁護士の役割ではないでしょうか。それなのに、新人のころから粛々としたがっていてはいけないと思います。

細かいことだけれど、言葉は物事を変える力になる可能性があります。
私は弁護士になってから、「身柄」とか、「〇〇のおそれ」なんて、口が裂けても言ったことがないし、法の原則をきちんと理解した上で、正しい用語法を心がけたいと思っています。
そういう地道な努力が、法の原則論を回復することになるのではないかと思います。

法律を学んでいる学生さんなんかは、一々細かい難しい言葉が出てきて、辟易しているかもしれませんね。
でも、それが体現している意味や理想を少し想像して理解できると、それなりに記憶しやすくなると思います。

そういえば、最近「忙しい」を言わないようにしているのですが、何だか楽になっている気がします。
確かに「忙しい」と言って悪くない状況のこともしばしばありますが、そんなことを言って必要以上にバタバタしている人は良い仕事ができないし、事件を頼もう、相談しようなんて思ってもらえないと思います。
もちろん弱音を吐きたくなることもありますけれども、そこはグッとこらえて、信念を貫こうと思います。