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 前川 直輝

Author: 前川 直輝
最終学歴 京都大学法学部
司法修習 54期
カリフォルニア州弁護士
Maekawa国際法律事務所・代表弁護士
https://maelaw.jp/

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小沢裁判から見える検察審査会制度のあり方
今日のトップニュースは、小沢一郎氏の政治資金規正法違反事件について、東京地裁が無罪判決を下したことでした。
弁護士としては、既に検察官請求の供述証拠が多数却下されている中で、共謀が争点の刑事裁判で無罪となるだろうという可能性は高く、結論については驚きではありません。
しかし、東京地裁が判決理由で、小沢氏の承認等を一部肯定している点は、一歩踏み込んだなと感じます。
証拠を見ていませんが、既に明らかになっている事実関係、特に秘書を含む各被告人側の主張を前提としても、小沢氏が知らなかったというには無理があると思われます。その点では、かなり堅実で、かつ合理的な事実認定及び法律適用に基づく判決なのではないだろうかと受け取っています。

さて、本件は、おそらく私が司法試験の受験生だった10年以上前には裁判になっていない事案だったのではないかと思います。検察審査会制度はありましたが、その議決に当時は拘束力がなかったからです。
あまり馴染みがない、しかし近時様々な問題が指摘される検察審査会制度を概観してみましょう。

1.制度の根拠
検察審査会は、検察審査会法という法律に基づいて設けられた制度です。もとは1948年からで、実に70年を超える古くからある仕組みです。
第1条によれば、「公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図る」のが目的です。
「公訴権」が何かは学術的な議論はありますが、平たくいうと、刑事事件について裁判所に有罪無罪を判断してもらうことを求める権利、といえば間違いはないでしょう。
検察審査会を語る上で、前提となる起訴の方法について、堅苦しいですが我が国の制度を前提として確認しておきます。

2.国家訴追主義と起訴便宜主義
公訴権は、検察官の専権です(刑事訴訟法247条)。これを国家訴追主義といいますが、世界的に見れば、一定の犯罪について被害者たる私人に訴追権限を与えたり、アメリカのように大陪審が訴追判断する制度を採用していたりして、当然の制度ではありません。
検察官だけが公訴権を有するという理由は、起訴を個々の被害者や一般市民に委ねてしまうと、私的感情や各地の特殊事情により公平でない訴追が行われるおそれがあるから、国家機関たる検察官が全国一律の基準で公平な対応がでいるからだとされます。

また、国家が公訴権を独占するといいつつ、立件されたすべての刑事事件が起訴されるわけではなく、起訴するか不起訴とするかの判断を検察官の裁量に委ねています。これが起訴便宜主義です(刑訴法248条)。検察官が考慮するのは、もちろん第一には有罪というに足りる証拠資料があるかどうかですし、第二に有罪だと思われても「性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況」といった、犯人自身の個性や犯罪の内容を考慮するものとされています。
起訴便宜主義の利点は、被疑者が刑事裁判の負担をおわず早期に社会復帰できること、被害者等の意思を反映させることができること(示談ができて処罰感情がなくなれば不起訴とするといった具合)、訴訟経済(裁判所・裁判制度という限られた資源を効率的に活用すること)とされます。

ここまででお分かりなように、国家訴追主義かつ起訴便宜主義を採用する我が国の制度は、専門家かつ公益の代表者たる検察官による公平な取り扱い、それも事案の詳細に応じた取り扱いが期待できるというメリットがあります。裏を返せば、検察官が理論的にはいかようにも判断できてしまうので、起訴・不起訴の判断が恣意的になったり、市民感情と乖離したりする危険があります。特に、政治家等に絡む事案の場合、検察官は独任制の官庁で司法の一翼を担いますが、法務大臣が究極的には指揮権を発動しうるわけで、時の政権の影響を受けないとは限らないという危険があります。
そこで、起訴不起訴の判断に、市民の声を反映させましょうというのが、検察審査会制度なのです。

3.審査会の構成
民意を反映する制度ですから、構成員は一般市民で、国務大臣や例えば弁護士といった司法関係者・特殊公務員、またその事件の被害者その他関係者でない人たちです。例えば私は検察審査員にはなれませんが、私の家族で欠格事由等に当たらない者はみな選ばれる可能性があるわけです。
検察審査員というメンバーは合計11名で一つの審査会を構成します。どうやって選ばれるのかについては、平たくいえば選挙資格を持つ人の中からくじ引きで選ばれます。

ただし、一般の人たちだけでは判断が難しいですから、審査補助員といって弁護士が各審査会に1名選任され、審査員に対して法令解釈や問題点の整理・説明を行う任に当たります。

4.審査の手続の流れと議決
刑事事件の被害者・告発人など一定の資格者は、不起訴処分となった事案について、審査を申し立てることができます。
これを受けて検察審査会が記録などをもとに事件をあらためて見直し、検察官の不起訴処分がどうなのか評価します。
最終的に起訴相当、不起訴不当、不起訴相当の3種の議決が可能です。
決を採るのは原則過半数ですが、起訴相当の議決には3分の2(8人)以上の賛成が必要です(検察審査会法27条)。
起訴相当、不起訴不当の議決、つまり検察官の不起訴は問題だという議決が出た場合、法律改正前から、検察官はこれらの意見を参考に再度処分を検討するべし、とされていました。

5.起訴相当議決の拘束力
冒頭で述べた、私の受験時代には、といっていたのは議決に拘束力が生じる場合が新たに設定されたからです。
すなわち、刑事訴訟法の一部を改正する法律が2004年5月に成立し、これが裁判員制度の施行に合わせて2009年5月30日施行され、検察審査会法もこれに沿って改正・施行されました。

改正法によれば、不起訴処分後、起訴相当議決をし、再び検察官が不起訴判断をした(又は原則3ヶ月以内に起訴しなかった)場合には、必ず審査補助員たる弁護士を伴って、検察官の意見を聞いた上で、再度不起訴処分を検討し、起訴をなお相当と考えた場合は再び起訴議決をします(法41条の6)。
この2度目の起訴相当の議決書を受領した裁判所は、検察官に変わって検察官役を担当する指定弁護士を選任し(法41条の9)、指定弁護士は速やかに起訴しなければなりません(同10)。
これが検察審査会の二度の起訴相当議決による強制起訴の効果です。

6.起訴議決に拘束力を設けた経緯
一言で言えば、拘束力のない検察審査会の議決が、検察官の判断にほとんど影響を与えておらず、骨抜きになっていたからということです。
制度が生まれてから、議決を受けて再捜査し、不起訴処分を変更して起訴したのはわずか6%あまり、1000件を超える政治資金規正法違反事件の審査が含まれるので、これを母数から除くと30%ほど(以下の司法制度改革審議会の議事録から)。十分に民意が反映されてないではないか、ということです。

2001年の司法制度改革審議会意見書は、裁判員制度や法科大学院制度といった重大な司法制度の変更(あえて「改革」とはいわないのは私の意見によるものです)を含むものですが、その46ページで、「公訴提起のあり方」というわずか1ページにも満たない箇所があり、「公訴権行使のあり方に民意をより直裁に反映させていく」べく、「一定の議決に対し法的拘束力を付与する制度を導入すべき」だとされています。
もう少し見てみますと、どうやら裁判員裁判の導入にあたって、そのモデルとして検察審査会制度が重視され、とにかく司法作用に民意を反映する方向として是だという議論で決まったという印象です。

上記意見書を導くために、司法制度改革審議会は会議をしていますが、その第30回で民意の反映が議論されています。
議事録によれば、ほぼ現行の検察審査会制度と同内容の制度提案を法務省が行なっています。これに最高裁が追随しています。審議会では他の民間委員からも積極意見が出ており、日弁連も起訴議決の拘束力に肯定的意見を述べています。その結果、強制起訴後無罪になった場合の国家賠償の問題をどうするのかという懸念は示されつつも、起訴議決に拘束力を持たせるべきだという方向で一致します。
どうも他の司法制度改革の論点と比べると、反対意見や消極意見があまり出なかった様子です。この制度改革は、とにかく民意の反映がマジックワードでしたから、当然といえば当然かもしれませんが、起訴議決の拘束力によってどのような問題が生じるか、またこれに対応するためにどういう制度設計がよいかは、必ずしも十分練られなかったのではないかと受け取られます。
裁判員裁判導入の議論の影で、あまりスポットライトが当たらなかった、というのが実情ではないでしょうか。

7.過去に強制起訴となった事例
報道によれば、改正法施行後、小沢事件以外に少なくとも5件について起訴議決が出ているそうです(時事ドットコムより)。ご覧になればわかるかもしれませんが、どれも立証は相当難しい事案ではないかと思います。

・那覇検察審査会が起訴議決した未公開株詐欺事件(一審無罪後、控訴)
・福知山線脱線事故におけるJR西日本3社長。公判はこれからですが、神戸地検が起訴した前社長は既に一審無罪が確定。
・明石歩道橋事故で強制起訴された兵庫県警明石署の元副署長の公判が係属中。
・尖閣諸島沖の漁船衝突事件で起訴猶予とされた中国人船長に対する起訴議決。今年の3月に指定弁護士が強制起訴したが、本人が帰国してしまって公判開始の見通しはなく、2カ月以内に起訴状が届かなければ公訴棄却の見込み。



8.問題点と評価・提案
改正法下の検察審査会制度に対する批判はいくつかあります。
私も学生時代の英語弁論大会で、検察審査会制度を取り上げたこともあり関心もありますから、私見を添えたいとおもいます。

(1) 起訴の基準が曖昧で、検察官の起訴基準とのバランスを欠く可能性がないか?
→ 検察官と異なる判断、民意の反映を期待するわけですから、基準が違うこと自体が否定されるべきではないです。しかし、後述するような嫌疑(基礎となる事実)の有無やその証拠判断については、プロの検察官とあまりにかけ離れ、特に「ゆるい」基準であると、本来裁判手続を経なくてよい被疑者が負担を強いられ、不安定な地位におかれるという問題があります。
 この点については、事実認定やその基礎となる証拠評価にも民間人の意見を、というのが制度趣旨で、裁判員制度も事実認定に関わっているわけですから、審査補助員の充実などによって補われるべきでしょう。

(2) 検察官が嫌疑不十分で不起訴とした事案は対象から外すべきではないか?
→ 事実認定のアンバランスは回避すべきで、統一性を持たせるべきだという意見です。一理はありますが、裁判員裁判でも民間人が事実認定・証拠評価に関与するのですから、事件の選別が適切がは疑問があります。また、対象外事件を設けると、今度は検察官が本来は嫌疑不十分だけれども、他の理由で不起訴とする危険がないか、の問題もあります。

(3) 審査補助員たる弁護士の説明内容が重要だが、1名のみでは偏りが出るのではないか?
→ 私も弁護士ですから想像できるのですが、起訴するかどうかについて交通整理をする、特に検察官が不起訴にした事案についてきちんと調査・検討するというのは、本来業務外のことであり、調査権限にも限界があるため、相当な苦労があると思います。特に不起訴とされた事案の検討ですから、その評価も意見が分かれる可能性は十分あります。
 審査補助員が1名というのは偏りがある場合もありますし、補助員たる弁護士の個性が強く反映されてしまいます。
 外形上の公正さを維持する上でも、また検察審査員が十分な議論を尽くせるよう、できれば起訴方向と不起訴方向と、意見を分けて補助員が整理するという方策も検討されるべきではないかなと思います。

(4) 審査は非公開であるので、手続の透明性を欠くのではないか?
→ 民意の反映といいながら、国民がその過程を知ることができないのはどうなのかという疑問です。もっというと、検察審査員はランダムに選ばれますが、特に政治や宗教といった特定の価値観と密接に結びつくときには、審査員が誰であるかは重要な要素です。
 裁判員の選考過程と類似した、当事者やその代理人、また被害者側の意見を反映する仕組みも考えられます。
 また、個別の審査員のプライバシーは守るべきですが、審査の議論過程や内容については議事録を公開するなどの方策も取れる可能性はあります。議論が萎縮するのではないか、という懸念があるので、相応の配慮は必要だと思いますが、「民意」が公平・適正であることが担保できるよう、情報へのアクセスについては検討の余地があるのではないかと思います。


 私自身としては、検察審査会制度が検察官の起訴裁量をチェックする上で、一定の役割を果たせるという意義は肯定したいと思います。そのためには、起訴議決に拘束力を持たせるということが最も有効なのだろうと思います。甲山事件のように、検察審査会が重要かつ有用な役割を果たした例があることを忘れてはいけません。
 ただ、裁判にかかるというのは、テレビで見ているのとは比べ物にならないほど、被告人にとって負担となるものです。それに、プロである検察官が不起訴、特に嫌疑不十分だと判断した場合、その判断に無批判ではいけませんが、それなりに尊重はされるべきでしょう。
 各審査委員や補助員の負担は大きいですし、現場では誠実に努力されているのだと信じますが、司法制度に民意を反映するというのは原理矛盾をも孕むものですから、審査補助員の充実や手続の透明性を高めることでよりよい制度にすることができないか、検討を重ねるべきではないかと思います。

 小沢氏に対する無罪判決は、未確定です。判決理由では、指定弁護士側の立証内容も一定は採用されているわけで、控訴される可能性も十分あります。一つだけ言えるのは、被告人は、有罪判決が確定するまでは無罪が推定される、ということと、判決は確定するまで変更可能性があるということです。我が国の国民はすべからく理解すべき大原則です。
 起訴された時点で小沢氏の党員資格を停止した民主党もおかしいし、今日の判決で無罪と決まったかのように騒ぐチルドレンも思慮がない。まして、消費税増税は、政策論争であって、つまらない「政局」の刹那的なあり方で左右されてはならないのではないでしょうか。
 政治屋さんたちが徒党を組んで色々騒ぐのは勝手ですが、私達国民は様々な問題を1つずつ解きほぐして、冷静に観察する眼を持つ必要があると思います。