FC2 Blog Ranking 前川弁護士blog 2012年05月
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 前川 直輝

Author: 前川 直輝
最終学歴 京都大学法学部
司法修習 54期
カリフォルニア州弁護士
Maekawa国際法律事務所・代表弁護士
https://maelaw.jp/

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自己と他人の関わり合い~SNS疲れ
連休明け、その前に仕込んでいた仕事が進展したり、堰を切ったように新規相談が相次いだりと、慌ただしくしていました。普通連休だ、というと良いイメージですが、事業者としては売上げが立つ日数が減るわけで、がんばりどころです。その意味で、ありがたいことですね。

さて、最近はテレビをリアルタイムで見ることは少ないですが、ちょうど家にいてちょっと一息つく時間帯に、日本テレビのNews Zeroを見ます。底が浅そうなのに偉そうな意見を押しつけるキャスターが多いなか、村尾さんは一定の方向性は持っているものの、楽に見られるのでよく視聴しています。

今日は、SNS疲れを取り上げてました。
SNSって何だ?という方もいらっしゃるかもしれませんが、ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略称で、たとえばツイッターとかフェイスブックとか、ミクシィとか、参加者がコメントをしたらつながりのある多数の人にいっせいに発信され、より多くの人たちと触れあえるツールです。
テレビでやっていたのは、最近若者がSNSをやっていて疲れる、ストレスが溜まる、という現象でした。

曰く、大した用事もないが四六時中見ていないと不安だとか、必要以上に良く見せてしまうとか、自分が情報を発信してコメントなりリアクションがないと不安だとか、批判的だったり攻撃的な反応にストレスが溜まる、といったことが要因のようです。
私も、ブログは即時性はないにしても一つのツールですし、フェイスブックはやっていて、些事を投稿していますので、似たようなものかもしれませんね。

よく見ていると、それらのストレスは、結局人間が社会で抱える関係性におけるストレスではないかと受け取られます。
現実の世の中でも、自分の発言・意見に反応をしてもらえなくて不安だということもあるでしょう。話を聞いているのか疑問だという態度を取られてストレスを感じることは身内もあるでしょうね。
たとえば本当は金銭的に余裕はないが、高額なブランド品を身につけて自慢してしまう、体調がすぐれないのに弱さを見せたくなくて元気なふりをする、といった見栄を張ってしまう、必要以上に頑張ってしまうことは、誰しもあることだと思います。
自分の言動に対して、批判の視線を向けられ、他人と衝突するといったことも、公私ともあることです。

SNSはインターネット上のネットワークですから、実際の人間関係と違い、いつでも誰とでもつながっている「感覚」を得られるという意味で、孤独感を紛らわせたい人にとって中毒性があり、また実際の自分とは違う世界を形作るということも可能なので、自我とイメージが解離する可能性が高い、といったことがあるように思います。特に最近の若い人は、一人でいるということに耐えられないのでしょうか、誰ともつながらない時間というものが不安なのかもしれません。

結局のところ、ストレスを抱えるのは、違う人間どうしの関わりに必然だということと、一人でいること、自分自身が一人なのだという覚悟が不十分だということにあるように思います。SNSに特有のことではないと思うんですね。
それが、実際は、若い世代の中で、実際に顔を合わせた生身の関係が薄くなり、それが面倒に思われ、ネット上の社会に関心が移ってしまうから、異質な疲れがあり、顔を合わせないからエスカレートするということだと思います。

SNSは、人とふれあう一つのツールであって、別にお休みすりゃあいいじゃないかということです。現実の生活でも、たとえば今日は人に会いたく無いなと思えば、家でゆっくりビデオを見たり、喫茶店で本でも読めばいい。
人と軋轢が生まれたり、強がってみたり、必要以上に自慢したりすることもあるでしょう。そうしたら、信頼のおける人、家族、友人と直接話をするなりして、弱さを見せたり、視点を変えさせてもらって、ストレスを解消すればよいわけです。所詮、人間は、人生を終えるときは一人です。他人は、どこまで近くても、コントロールはできません。限られた時間しかないのに、自分で自分を息苦しくしては、人生が楽しくないと思います。ツールは、人間のためにあるわけで、適度な距離感を保てばよいです。

実際には、等身大の自分でいる、ということは、現代では予想以上に難しいことなのかもしれません。
私の仕事との関係でも、弁護士に相談に来られているのに、○○さんはこう言っていたとか、親や子が諦めろって言うんです、というように、自分ではなく他人の意見に過度に依存する人は一定数いらっしゃいます。
お困りごとを抱えて不安で、人に頼りたくなるのは十分理解できますが、弁護士なんて人間にたどり着けただけで、とても勇敢であるし、半分解決したようなものです。いつも不安げな方に申し上げていますが、もっと自信を持ってよいと思います。
自分勝手や利己主義は慎むべきですが、特に若い人たちに対しては、周りから自立した自分というものを持って、もっと自分の存在・価値を大切にしてあげて欲しいと思います。そして、無理だな、しんどいなと思ったら、弱みを見せられる家族、親友を大事にすることだと思います。

先日通勤電車内で、学生さんが4,5人通路に円になって立っていましたが、最初から最後まで、一言も発せず、おそらく同じ携帯ゲーム機をぱちぱちやっていました。その姿にぞっとしました。
目の前に仲の良い友達がいるんだし、家に帰れば離れてしまうんだから、「最近、どうよ」と話をしたり、日々おこったつまらない出来事でも話をすればいいのに、と思います。そういう中で、人間の思いも寄らない一面が見られたり、言われて傷つく言葉、嬉しい言葉を学ぶでしょうし、色々と体験できることがあるはずです。

こんなこと言うのは、私がおっさんになってきた、という証なのでしょうか。
いつの時代でも、テクノロジーがどれだけ発達しても、人間の弱さ、そして尊さは変わることがないと信じます。
人間関係は疲れることもあるでしょうが、ストレスがあるからこそ学び、自分を高められる機会でもあります。その上で、長い人生、小休止を取りながら、自分のペースで歩いていければ、いいですね。
自分自身も男性の平均余命からすれば、ほぼ折り返し地点。わがままだ、マイペース過ぎると良く言われますが、それでもゆっくり、着実に歩いて行きたいと強く思いました。